ウィーン国立バレエ「くるみわり人形」ネット放映

昨日、オーストリア国営放送で放映された、
ウィーン国立バレエのヌレエフ版「くるみわり人形」プレミエ公演。
下のリンクから、今だけ全編みられるそうです。
http://tvthek.orf.at/programs/4592657-Matinee-am-Feiertag/episodes/5150437-Matinee-am-Feiertag
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30分ほどのドキュメンタリー(主に、ルグリ監督による稽古風景)も。
上のリンクから、Der Nusskunacker hinter den Kulissenというところをクリックしてくださいね。
主演クララは、リュドミラコノヴァロワ、ドロッセルマイヤー&王子役は、ウラジミールシショフ。
葦笛の踊りは、日本人ダンサーの木本全優くん、橋本清香さん♪
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カメラワークがなかなか素敵で、私から見ても新鮮。
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オケピの中に私の姿も。
金平糖のチェレスタを弾いていますよ。
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テレビのクレジットに自分の名前が流れたのは初めてかも。
それもオーストリアで!
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しかし、ドキュメンタリーを見てつくづく思ったのですが、
私はやっぱり、こういう舞台裏にときめく。
毎日過ごしている稽古場、毎日仕事している事なのに、
その様子を見てときめくなんて変だけど、昔からそう。
中学生の頃は宝塚が好きだったけど、舞台より稽古場レポートに惹かれていました。
三つ子の魂百、で、今の自分があります。
さて、くるみわり人形は、今夜と明日、あと二公演で終わり。
今年のしめくくりが良い公演になるよう、ベストを尽くします。

今年のクリスマス

皆様、クリスマスをいかが過ごされましたか?
オーストリアでは年明け1月6日まではクリスマスを祝うので、
街中も家のなかも、まだまだファンタジックなクリスマスのムードに包まれています。
今年のクリスマスの様子を少しお伝えしたいと思います。
先週、劇場全体のクリスマスパーティーがありました。
場所は劇場のロビーです。
そこでクリスマスソングを演奏してくれたのは、我らが国立歌劇場管弦楽団金管隊の皆様。
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まさか、ウィーンフィルの演奏バックに昼酒飲む日が来ようとは!
しかも、リハーサルの合間に監督とワインで乾杯(笑)
このパーティーは毎年恒例なのですが、映画の中にいるように素敵なパーティーでした。
そして、街なかのあちこちで開かれているクリスマスマーケット。
同じ劇場で働く合唱コレペティの吉澤京子さんが、
仕事の合間にカールス教会のクリスマスマーケットに誘ってくれました。
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彼女とは同じシーズンから働き始めた、いってみれば同期。
ことあるごとに二人でごはんを食べたり、お茶やお酒を飲んだり。
ウィーン在住歴が長い彼女に、私はいつもお世話になっていて。
大好きなお友達。彼女がいてくれるお陰で、どれだけ私のウィーン生活が豊かになっているだろう。
いつもありがとう。
さて、ウィーンでは12月初旬から街じゅうにもみの木市が開かれます。聞くところによると、市内で300箇所以上も!
こちらでクリスマスツリーといえば、生のもみの木を飾ることが多いみたい。
私も小さいもみの木を買って、飾りつけてみました。
70cmくらいの大きさで15ユーロでした。
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もみの木からは甘い香りが漂ってきて、部屋のなかで森林浴しているかのよう。
2m以上の大きなツリーもたくさん売られていました。
来年はもう少し大きいのを飾れたらいいな♪
そして、クリスマスイヴには、アメリカ人の同僚がディナーにご招待してくださいました。
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夢のように美しい同僚宅。クリスマス映画の中にいるみたい。
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ディナーのテーブルはこちら。
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デザートタイム。
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そして、プレゼント交換。
クリスマスツリーの下に宛名を書いたプレゼントを皆が置いて、
それを一人一人に渡していき、皆でワイワイ、プレゼントを開けるのがこちら流。
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私は同僚ご夫婦以外の方々とは初対面だったのですが、
それにもかかわらず、皆さん私にもプレゼントを用意してくれていました。
同僚からのプレゼントのひとつに、マクミラン版マノンのDVDが!
実は、年明けすぐにマノン公演が開幕するのですが、
1人だけマノンを弾いたことがない私の為を思って、同僚がプレゼントしてくれたのです。優しい。
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優しい同僚と。
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イヴに集まった皆で。私以外はみんなアメリカ人。
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次の日、くるみわり人形昼夜公演があったのですが、
まったり夜更けまで語っていました。
仕事も大事だけど、プライベートも大事(笑)
素敵なイヴだったな~。ご縁に感謝。

生きるということ 死ぬということ

書き残しておきたいことがあります。
去る6月、シーズン最後を飾る公演、ヌレエフガラがありました。
私はその公演で、オケピに入ってソロを弾くという大役を頂き、
公演の随分前から準備してきました。
ヌレエフガラを翌日に控えた日、
突然、私のもとに訃報がとびこんできました。日本にいる友人が交通事故で亡くなったのです。
悲しくてうろたえて何もできなくなって…教会に行ってろうそくに火を灯し、静かな長い時間を過ごしました。ヨーロッパに住んでいてありがたいと思うことは、街なかに一人で泣ける場所があること…
眠れぬ夜を過ごしました。

 
ヌレエフガラ当日、心身ともにどん底。
朝10時から、ゲネラルプローベが始まりました。
気持ちを切り替えて、自分の仕事を果たさねば。
ストラヴィンスキーを弾き、プロコフィエフを弾き。
そして、ローランプティ振付「若者の死」。
一人の若者が死神に魅入られ、苦悩の果てに死に向かっていくバレエ。
曲はバッハのパッサカリア。バッハの音楽は祈りの音楽なのだと、この時はっきりと感じたのです。
生と死の狭間で揺れ動くこの作品とその音楽が、心を大きく揺さぶりました。
私は、天国の友人に音楽を届けたい、と強く思ったのです。

 
夜になり、幕があがりました。
満席の客席とステージの熱気のなか、プログラムは進んでいきます。
そして、R.シュトラウスの「最後の4つの歌」。
全曲死を詠ったこの曲集の3曲目「眠りにつくとき」。
祈りのような音に身を委ねながらチェレスタを弾いていて、
歌詞に耳を澄ませたら、涙がとまらなくなりました。
『私のすべての感覚が 今は眠りに沈むことを望んでいる
そして解き放たれた魂は 自由に飛び回りたがっている
夜の魔法の世界の中へ 深くそして千倍生きるために』
へルマンヘッセ
あまりにも美しく、あまりにも優しいこの歌。
一緒に演奏しているのは、尊敬するオーケストラの方々で、
私の大好きなコンマスのライナーホーネック氏による、間奏のヴァイオリンソロは、
どこまでも優しくて愛に満ちていて。それは、浄化でした。
その時の涙は友人が天に召された悲しみによるものではなく、浄化の涙でした。
音楽に、舞台に、こんなにも救われたことが今まであったでしょうか。
この曲を弾き終え、私は心に力を取り戻していました。
「いつかウィーンに聴きにいきたいよ」と言っていた友人のためにも、
私は音楽を届けよう、と。
そして、私の大仕事、くるみわり人形の金平糖のチェレスタソロの時がやってきて。
弦のピツィカートの前奏を聞きながら、高鳴る心臓の音。ドキドキドキドキ。
ああ、私はなんて心が弱いのだろう。友人に音楽を捧げたい、とか思っていたのはどこへやら。
実際自分のソロになると緊張して、友人どころじゃなくなっていたのだ。
数小節弾き始め、緊張のあまり、息もうまく吸えない。
その時、、、ふと前をみると、
チェレスタの前にある、ピアノの椅子に友人が座っているのを感じたのです。
ピアノの椅子に腰掛けて、チェレスタの方に振り向きながら、友人は私にこう笑いかけました。
「へへへ、やっと聴きにこれたよ」
!!!
姿は見えないけど、気配と気持ちが伝わって来たのです。
こんなこと初めて。
私は、とても幸せな気持ちになって、落ち着いて弾くことができたのです。
その時から、悲しみは消えました。消えたというと語弊があるかもしれないけれど、
彼の魂は生きているということを知ったのです。
近くにいても離れていても、会わなくても、生きていても死んでいても、心はそばにいられる。
自分の心のなかで大事な人は生きている。
だから、きっと死は怖いものではない。
思えば、彼とはそんなことを話したことがありました。
獣医師だった彼が、産まれたばかりのちっちゃな子猫の写真をFacebookにあげた時。
同時に、老いた猫が死んでしまったらしく、
「生まれ変わりみたいで、生きたり、死んだりって不思議だね。」とつぶやいていた。
以下、私と友人のやりとりを記しておきたい。
私「質問。死って悲しいもの?命あるものは、必ず死があるわけで。私はまだ親しい命の死に面したことがなくて、それを想像すると怖いのだけれど。もしかすると、死は悲しむべきものではないのかもしれない、と思ったりもして。」
友人「それ難しいし、死と向かい合うこと、他の人より多いので、いろいろ考えて病むw事もあるけど、死は100%だけど生は何億分の1だからね。生まれてすぐ亡くなったとしても、死ぬと言うことは生まれた事実があるわけで、悲しいことでは無いと思っている。」
「叔父が亡くなった時、遺品の服とかジャケットとか古くさくて、ダサいんだけど、貰ってね、今でもたまに着てでかけるの。で、その人の生きた事は忘れないから、死は悲しくないよ。」
死は悲しくない。そう言っていた。二回も言っていた。
本当だね。
Tぽん、あの時、私を助けてくれてありがとう。
ウィーンに聴きにきてくれてありがとう。
大切なことを教えてくれてありがとう。
気持ちは通じてるね。ずっと。
またみんなで旅行しよう。
あの時、Facebookで最後に言ってくれたのが、この言葉。
「しののん。もう一つ。
Yesterday is history, Tomorrow is mystery, and Today is a gift.
That is why we call it present. 今日は贈り物だよ。楽しく行こう!」
今を生きよう!
リヒャルトシュトラウス「4つの最後の歌」から、「眠りにつくとき」