眠れる森の美女を弾く

「一度でいいから、眠りの通し稽古を弾いてみたい」同僚にそう言ったのは今シーズンの初めだったかな。眠れる森の美女。この作品には宇宙の真理が描かれていると私は思っている。チャイコフスキーのバレエ音楽のなかでも特に芸術性が高く、全幕ピアノで弾くのはピアニストとしての力量も相当問われる。4人いるピアニストのなか、実はなんとなく役割が決まっていて。私は主役とソリストの稽古、そして公演の際、オケのなかで弾くことが多い。眠り公演もオケピに入るのが決まっていたから、私が通し稽古を弾く可能性は低かった。だけど、同僚が一人、一月から病欠することになってしまい、急遽、私が通し稽古を担当することに!

指名されてから全体稽古までたった3日。
全曲弾きたいと言いながら完璧にしていなかった自分を恨みつつ、
素晴らしく壮大な音楽を前にして自分の小ささに悶えつつ、
「乗り越えられない困難は与えられない」と呟きつつ、躁鬱ギリギリな感じで笑。
でも、皆に支えられ、宇宙の真理である、私たちのSleeping Beautyを日々創りあげていっています。
芸術に没頭できる日々。幸せ。

2011年2月14日。
この日、私は初めてウィーン国立バレエ団を訪れました。
雪降るあの日、偶然が偶然を呼び、魔法のようにウィーンへの扉が開きました。
あれから3年。
振付のサーピーターライトとルグリ監督…
お二人のバレエの神様の元、ここウィーンで、愛する眠りの全幕稽古を弾いている自分がいます。
ここに来たかったのだと、この美しい場所に来たかったのだと。
深い感慨が胸に広がります。
今回の眠り公演は、初日の幕が開く前から、主役にキャスティングされていたダンサーが次から次へと倒れ、ほぼ毎回、公演当日に主役がジャンプインという異常事態が発生しています。
いろんなことがあります。
でも、ただひたすらに、花を咲かせようとする仲間たちを見て、
私も勇気をもらっている気がするのです。
おもいっきり味わって、今を生きようと思うのです。
あと何回、こんな風に眠りを弾けるのだろう。
毎稽古、毎公演、一期一会の切なさが胸をよぎる私は、少しおかしいかもしれません。
でも、そんな気持ちをも大事にしようと思います。
公演でも、オケピの隅っこから、愛を送ります。

ピアニスト人生最大最高の無茶振り!

2014年1月10日、私はひょんなきっかけで、ピアニスト人生最大最高の無茶振りを頂き、
ウィーンの音楽の殿堂、楽友協会黄金ホールで演奏してきました。

あの日、楽友協会では日墺文化交流事業の一環としてコンサートが開かれ、
日本から日舞の名取りの方が踊りにいらした。
当初、録音テープで公演する予定だったのだけれど、
音楽の殿堂楽友協会では録音での公演は許さないと当日になって言われたそうだ。

このままだと公演ができない。
たくさんの来客が見込まれるなか、舞台に穴を空けることになる。
夕方になり、オペラ座で稽古中の私の元に連絡が入った。
「緊急事態なのです。今夜、楽友協会でピアノ生演奏で日舞の伴奏をしてくれませんか?」と。
曲目はドビュッシーの月の光、ラデツキー、そして、日本民謡あやめ、黒田節。

もちろん楽譜すらない状態での依頼だった。

仕事をしながら、私は考えた。月の光は、2年以上人前で弾いていなくても私の十八番だ。ラデツキーはきっとなんとでもなる。
黒田節とあやめは聞いたことがないけれど、1時間あれば、耳コピできると思う。出来る!私のなかで、「NO」という選択肢は1%もなかった。「5時半に仕事が終わったらすぐ楽友協会に向かいます」と電話を切った。

着るものはどうしよう。5時半に仕事が終わって開演が7時。
リハすることを考えるとドレスを用意する時間はない。
幸い、オペラ座の楽屋に黒の膝丈ワンピと本番用靴を常備してあるので、それを掴んで楽友協会に向かった。オペラ座から楽友協会は徒歩7分。youtubeでラデツキーを聞きながら…。

会場につき、「お役にたてるかは分かりませんが、合わせてみましょう」とステージに向かった。15分のステージリハでとりあえず月の光とラデツキーを。舞踊手がどんなテンポをどんな音を求めているのか。私は日舞の伴奏をしたことはないけれど、ああバレエと同じ!私がいつもしている仕事と同じ!

月の光も大丈夫。この曲は何も考えないでも身体が覚えている。
ラデツキーもニューイヤーで聴いたばかり(笑)
問題は日本民謡の二曲。黒田節には謡がつく。
音源すら聞いたことがないなか、歌に合わせてハッタリで弾いてみる笑。
だけどこれは…アカペラの方がいいのではないか?アカペラ決定!ホッ(笑)

そしてあやめ。どんな曲か想像もつかないので、楽屋で音源に合わせて踊って頂く。
三味線に謳がつく4分くらいの民謡。
これをピアノで再現するのはかなり難しい(本番まで30分切っている)。
私は「今、大体のイメージが掴めたので、踊りに合わせて即興で音楽をつけるのはいかがですか?」と提案。
私は子供の頃から、バレエピアニストになった今も、ずっと人前で即興演奏し続けてきているので、即興に抵抗はない。舞踊手さんは私の提案を快く受け入れてくださり、喜んでくださった。きっと彼女は多くの舞台経験を積まれているプロフェッショナルでいらっしゃる。

私がどんな即興演奏をするか分からないのに、信じてくださること。どんな状況でもベストを尽くそうとすること、それが初対面の方とできることがとても嬉しかった。
そして本番…楽友協会黄金ホールは、(予想に反して)かなり満席近いことになっている!!
私、平服、楽譜もなし、、即興はさておき、月の光、数年ぶりにさっき一度弾いただけで最後まで弾けるのか!?もう、緊張すらできない状況?楽しくてワクワクして!早くステージに行きたい!って!!
このステージに乗ることに躊躇するピアニストなんていないでしょう?

本番で私は、ただただ、感じて味わって、それを音に紡いでいった。即興も月の光も。
ここウィーンの楽友協会でたくさんのお客様を前にピアノを弾けること、
初対面の舞踊手さんとお互いを信じあってコラボできること、
ピアノの、ホールの美し過ぎる響き…
全てがパーフェクトに幸せで、その幸福を音に紡いでいった。

オペラ座のピアニストになった時、オケピでコンチェルトを弾いた時…
ピアニストとしてこれ以上の幸せはあるのだろうか、くらいに思っていたけど、
人生、想像もつかないことが起こるのですね!
私にお話を振ってくれた女性に心から感謝し、
楽友協会デビューの想い出を大事に心に留めておこうと思います。

楽友協会の楽屋にて

 

次回はステージドレスを着て弾きたいね(笑)

楽屋口。
ありがとう。またいつの日か!!!

本日の読売新聞に!

告知させてください。

本日、10日付の読売新聞関東版の夕刊に、ウィーン国立バレエ団ソリスト橋本清香さんと私に関するコラムが載るようです。
読売新聞記者のSさんが、11月にウィーンにいらっしゃって、バレエ団の稽古と公演をご覧になった時のことを書いてくださっていると思います。
私は大手の新聞に初登場なので嬉しい。
よろしければ、是非ご覧になってくださいね!
さて、来週のオマーン旅公演の稽古と並行して、今日から、来月の「 眠れる森の美女」公演の稽古が始まります。
くるみに続いて眠りが弾けるなんて、何て幸せなのでしょう(再来月はなんと白鳥です!今は世界中どこを探しても、こんなバレエ団ないかもしれませんね?)
バレエピアニスト冥利、堪能したいと思います♡